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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

泉涌寺(せんにゅうじ)京都府京都市東山区泉涌寺山内町27

泉山 泉涌寺(せんざん せんにゅうじ)・真言宗泉涌寺派の総本山。
皇室とのゆかりが非常に深く、古くから「御寺(みてら)」と呼ばれています。
鎌倉時代の四条天皇(1242年崩御)をはじめ、江戸時代の後水尾天皇から幕末の孝明天皇に至るまで、歴代の天皇や皇族の葬儀・法要がこの寺で行われました。
境内奥には歴代天皇の陵墓(月輪陵など)があり、現在でも朝夕に歴代天皇・皇后の冥福と国家の安泰を祈る法要が勤められています。
皇室の菩提寺「御寺(みてら)」としての泉涌寺 泉涌寺が特別視される最大の理由は、 歴代天皇の葬儀を一手に担い、境内に天皇陵が集中していること。
四条天皇陵 後堀河天皇陵 後光厳天皇以降の歴代天皇・皇后の陵墓 合計:25陵・5灰塚・9墓が境内に集中 これほど天皇陵が集まる寺院は日本で泉涌寺のみであり、 そのため 「御寺(みてら)」=皇室の御香華院 と呼ばれます。

名前の由来:鎌倉時代の建保6年(1218年)、学僧・俊芿(しゅんじょう/月輪大師)が大伽藍を造営した際、境内の地から清らかな霊泉(清水)が湧き出たことから「泉涌寺」と名付けられました。
宋風(中国風)の文化と四宗兼学:俊芿は12年間にわたり宋(中国)へ渡って修行したため、建築や仏像に宋風の様式が色濃く取り入れられました。創建当時は真言密教だけでなく、天台・律・禅・浄土を併せて学ぶ「四宗兼学(または五宗兼学)」の道場でした。明治時代以降に真言宗一派の総本山となっています。

  • 山号: 東山(とうざん)泉山(せんざん)
  • 宗派: 真言宗泉涌寺派
  • 寺格: 門跡寺院・ 総本山
  • 本尊: 釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏(さんぜぶつ)
  • 歴史: 寺伝によると、空海が天長年間(824-34)に草庵を結び、法輪寺としたのが始まり
    1218年(建保6)に月輪大師・俊芿(しゅんじょう)が宇都宮信房からこの聖地の寄進を受け、大伽藍の造営に着手した。その際、寺地の一角から清水が湧き出たことにより泉涌寺と改められた。
  • 創建年: 伝・斉衡3年(856年)
  • 開山: 伝・神修
  • 開基: 伝・藤原緒嗣
  • 正式名: 泉山泉涌寺
  • 別称: 御寺(みてら)、御寺泉涌寺、東山泉涌律寺、月輪山、法輪寺、林寺、拜志寺(拝志寺)、仙遊寺
  • 札所等: 洛陽三十三所観音霊場第20番、真言宗十八本山第8番、京都十三仏霊場第6番、泉山七福神巡り番外、神仏霊場巡拝の道第121番(京都第41番)
  • 文化財: 泉涌寺勧縁疏、附法状(国宝)、仏殿、大門、開山堂ほか(重要文化財)

境内の見どころ
・楊貴妃観音堂(ようきひかんのんどう)唐の楊貴妃をモデルにして作られたと伝わる南宋時代の観音菩薩坐像(重要文化財)が安置されています。その美しさから美人祈願や良縁成就の観音様として親しまれています。
・仏殿(重要文化財):1668年(江戸時代)に徳川家綱の援助により再建された建物で、天井には狩野探幽による「蟠龍図」が描かれています。本尊として釈迦・阿弥陀・弥勒の「三世仏」が祀られています。
・霊明殿(れいめいでん)歴代天皇・皇后の位牌(尊牌)が安置されている最も神聖な御堂です。現在の建物は明治17年に宮内省によって再建されました。
・御座所(ござしょ)皇室の方々がお参りの際に休憩されるための建物で、京都御所から移築された御殿と格式高い回遊式庭園があります。

 


関連とご近所

  • 三世仏(さんぜぶつ):釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来この三尊は、過去・現在・未来の「三世」それぞれの時間を守護し、救済するとされる3尊の仏様の組み合わせのことです。
    三世仏の構成一般的には、3体の如来・菩薩が祀られます。
    (縦の三世仏)「時間(過去・現在・未来)」の広がりを表します。
    • 過去仏:阿弥陀如来(または薬師如来など)はるか昔に悟りを開き、極楽浄土から人々を見守る仏
    • 現世仏(現在仏):釈迦如来 歴史上に実在し、今この世界(娑婆世界)で教えを説く仏。
    • 未来仏:弥勒菩薩(または弥勒如来) 釈迦の死後56億7000万年後の未来に現れ、人々を救済することが約束されている仏。
    (横の三世仏/空間の三世)「空間(東西中央)」の広がりを表す。「横三世仏(おうさんぜぶつ)」
    • 東方(過去・浄瑠璃世界):薬師如来(現世利益・病気平癒)
    • 中央(現在・娑婆世界):釈迦如来(現世の救済)
    • 西方(未来・極楽浄土):阿弥陀如来(来世の救済)
    泉涌寺などでは、中央に釈迦如来、向かって左に阿弥陀如来、向かって右に弥勒如来(または弥勒仏)を安置する形式が見られます。
  • 四宗兼学(ししゅうけんがく)の道場:泉涌寺は、中世において顕密両乗の法を究めた俊芿大師が、戒律の復興を図ると同時に、天台・真言・禅・浄土の四宗を共に学ぶ道場として開かれたことに始まります。
    仏教において特定の1つの宗派だけに偏らず、4つの異なる宗派・思想をあわせて学び、修めることを指します。 日本仏教史においては、主に「天台宗の四宗兼学」と「泉涌寺(俊芿)の四宗兼学」の2つの文脈で使われます。
    ・なぜ「兼学」をしたのか? 古代〜中世の日本仏教では、東大寺(南都六宗をあわせて学ぶ「八宗兼学」の寺)に代表されるように、「特定の宗派に閉じこもるよりも、様々な教えを総合的に学ぶほうがより深く仏の真理に近づける」という考え方が主流でした。
    ●泉涌寺における四宗兼学(俊芿の宋代仏教)
    鎌倉時代初期、泉涌寺(真言宗泉涌寺派総本山)を開いた俊芿(しゅんじょう/月輪大師)が中国(宋)から導入したスタイルです。
    • 顕(けん):顕教(天台宗などの開かれた理論的教え)
    • 密(みつ):密教(真言宗などの実践的祈祷の教え)
    • 禅(ぜん):禅宗(臨済宗・曹洞宗などの坐禅)
    • 律(りつ):律宗(僧侶としての正しい生活規範・戒律)
    特徴:俊芿は当時の中国で重視されていた「戒律(律)」を基礎に置きながら、顕教・密教・禅をあわせて学べる環境を整えました。この伝統が、現在の真言宗泉涌寺派にも受け継がれています。
    ●天台宗における四宗兼学(最澄の総合仏教)
    平安時代初期、日本天台宗の開祖である最澄(さいちょう)が定めた理念です。比叡山延暦寺を開いた際、以下の4つの要素を修学の根幹として組み合わせました。
    • 円(えん):天台円教(『法華経』を中心とする仏教の最高の教え)
    • 密(みつ):密教(真言・加持祈祷などの秘密の教え)
    • 禅(ぜん):禅宗(心を静めて悟りをひらく坐禅の修行)
    • 戒(かい):大乗戒(菩薩として守るべき規律・戒律)
    特徴:最澄はこれら4つを統合した総合大学のような道場を比叡山に築きました。この総合的な学風があったからこそ、後に鎌倉新仏教の祖(法然・親鸞・道元・日蓮など)が比叡山から輩出することになります。
  • 先斗町
  • 高台寺
  • 産寧坂(三年坂)
  • 清水寺
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