別格官幣社
正行公を主神に弟の正時公以下24柱が祀られ、賢母の高い母を祀る御妣(みお)神社もあります。
四條畷の決戦
正平3年正月5日(1348)、三千の兵を率い枚岡の往生院に本陣を置いた正行公は、 一挙北進し、深野池の東、野崎に構える高師直の先陣を打ち破り、
師直に迫ったが替玉に欺かれて取り逃がし、後方との連絡も絶たれ、 深野池の東北にて、弟正時と刺し違え23歳の若さにて殉節されました。
住吉平田神社の神主、三牧文吾氏らが楠正行公殉死のこの地に神社創建を願い出て、 明治22年に勅許が下り、四條畷神社という社号が下されました。 これを里人が大いに喜び、境内地や金品を寄進され、老も若きも土を運び、石を積んで奉仕され、
明治23年4月5日に御鎮座祭が斎行されました。
主祭神: 楠木正行
配祀(四條畷の戦いにて殉節された二十四柱)
創建: 1890年(明治23年)
御祭神・楠正行は四條畷の戦いに敗れた実在の人物であり、心願成就のご利益があります。 その他にも、楠正行の血縁関係者も祀られており、縁結びや合格祈願など、さまざまなご利益がある