越中國一宮 氣多神社(けたじんじゃ)越中国 富山県高岡市伏木一宮
養老2年(718年)に僧
行基が創建したと伝えられています。
養老元年(717年) 元正天皇の御代みよに勅願されたと記され、越中國から能登國が分離した頃、その神威を高めるために改めて能登から分霊を勧請、氣多神社として再興されたと記しています。そして国守の崇敬社として越中國総社となり、後に越中國一宮となりました。
- 主祭神:大己貴命おおむなむちのみこと、奴奈加波比売命ぬなかわひめのみこと
相 殿:事代主命ことしろぬしみこと、菊理媛命くくりひめのみこと
- 社格等:『延喜式神名帳』(927年) 式内社・名神大社(説あり)
古代 越中一宮
中世以降 越中国総社・国司崇敬社
近代社格制度(明治~戦前) 県社
現在 社格制度廃止
- 縁結び、家庭円満、商売繁盛、厄除けなどのご利益