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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

道元禅師(どうげん)

曹洞宗の宗祖。晩年には、希玄という異称も用いた。宗門では高祖承陽大師と尊称される。諡号は仏性伝東国師、承陽大師。諱は希玄。道元禅師とも呼ばれる。
生まれ: 1200年1月26日, 京都府 京都市
死去: 1253年9月22日, 京都府 京都市
両親: 源通具
埋葬地: 福井県 永平寺町 永平寺
著作: 『正法眼蔵』、『永平清規』
寺院: 永平寺

幼くして両親を亡くし、比叡山で出家した後、中国(宋)に渡り、如浄禅師に師事して禅の奥義を極めました。帰国後は、京都に興聖寺を、越前に永平寺を開き、坐禅を中心とした曹洞宗の教えを広めました。生涯をかけて仏道に精進し、多くの著作を残しました。
道元禅師(どうげん)
道元禅師の生涯の詳細:
幼少期:1200年(正治2年)に京都で生まれ、幼くして両親を亡くしました。
出家:1213年(建保元年)、14歳で比叡山で出家し、天台宗の僧侶となりました。
入宋:1223年(貞応2年)、24歳で明全和尚と共に宋に渡り、禅の修行を始めました。
如浄禅師との出会い:宋では天童山で如浄禅師に師事し、「身心脱落」の悟りを開きました。
帰国と教化活動:1227年(安貞元年)に帰国し、1233年(寛喜4年)に京都の深草に興聖寺を開き、坐禅の教えを広めました。
永平寺開山:1244年(寛元2年)、越前の大仏寺(後の永平寺)に移り、本格的な禅道場を建立しました。
著作:『正法眼蔵』、『学道用心集』、『普勧坐禅儀』など、数多くの著作を残しました。
晩年:
1253年(建長5年)に54歳で亡くなりました。

道元禅師は、生涯をかけて禅の教えを追求し、日本の仏教界に大きな影響を与えました。特に、坐禅を重視し、日常生活の中で仏道を実践することを説いた「只管打坐」の教えは、現代にも受け継がれています.

関連

  • 京都府宇治市の興聖寺 :道元禅師が1233年に開いた曹洞宗の最初の修行道場。
  • 福井県永平寺町の永平寺:道元禅師が1244年に開創した曹洞宗の大本山。禅の修行道場