| 律宗の開祖 生まれ: 西暦688年, 揚州 死去: 西暦763年6月25日, 奈良県 奈良市 唐招提寺 |
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| 鑑真大和上 は奈良時代に中国から来日し、日本に仏教の戒律と正しい仏教のあり方を伝え、律宗の開祖となった僧侶。 日本からの招きに応じて来日を試みますが、何度も失敗し、盲目になりながらも753年(天平勝宝5年)、6度目の渡航でようやく来日。 翌年754年(天平勝宝6年)には平城京に入り、朝廷より「東大寺」(とうだいじ:奈良県奈良市)を与えられます。 この場所に日本初となる「戒壇」(かいだん:仏僧となるための儀式を行う場所)を設け、多くの皇族や貴族らを僧としました。 鑑真は他にも九州や北関東に戒壇を設け、さらに「唐招提寺」(とうしょうだいじ:奈良県奈良市)を建立するなど、日本における仏教の発展に大きく寄与した。 戒律の伝来と授戒の実施:当時の日本には正式な戒律を授ける僧が不足しており、鑑真は多くの困難の末に日本へ渡り、東大寺に日本初の戒壇を設立して、聖武天皇をはじめとする天皇・皇后・多くの僧侶に授戒を行いました。唐招提寺の建立:戒律を学ぶ人々を育てるため、奈良に唐招提寺を建立しました。この寺は現在、奈良時代の貴重な建物として世界遺産に登録されています。 唐の文化の伝来:仏教だけでなく、建築、彫刻、医学、書道、絵画など、唐(中国)の盛んな文化を日本に伝えました。特に医術に精通しており、医薬品の知識ももたらしたと考えられています。 来日までと来日後 1. 招請と渡航決意:日本の僧・栄叡と普照の要請を受け、仏法を伝えるために日本への渡航を決意しました。 2. 渡航の苦難:度重なる渡航の失敗、心労による両眼の失明、といった多くの困難を経験しました。 3. 日本への到着:6度目の挑戦で、12年の歳月を経てようやく日本にたどり着きました。 4. 授戒の実施:754年に奈良に入り、東大寺で日本初の授戒を執り行いました。 5. 唐招提寺の建立:759年、律宗の総本山となる唐招提寺を建立し、日本の仏教の発展に尽力しました。 |