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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

律宗(りっしゅう)

お題目は存在しない
「南無妙法蓮華経」で有名な日蓮宗のような「お題目を唱える」という特定の文句は律宗にはありません。
南無毘盧遮那仏(なむびるしゃなぶつ)
律宗の代表的な本尊である「毘盧遮那仏」に帰依する際に「南無毘盧遮那仏」とお唱えすることがあります。
南無盧舎那仏(なむろしゃなぶつ)
「毘盧遮那仏」の別の呼び方として「盧舎那仏」もあり、こちらも「南無盧舎那仏」として用いることがあります。
開祖 鑑真和上
本尊 盧舎那仏(るしゃなぶつ)
「戒律」、すなわち自発的に規律を守ろうとする心のはたらきを指す「戒」と、他律的な規則を指す「律」の研究と実践を主とする。
僧侶になりたい人は戒律に従い具足戒を受ける必要があるのですが、具足戒は男性の僧で250個、女性の僧では348個もの戒律が定められています。
中国の道宣によって成立し、鑑真によって日本に伝えられました。日本には奈良時代に「南都六宗」の一つとして伝わり、特に生活規律である戒律を守ることで悟りを開くことを目指します。

教えの特徴:他の宗派が経典や座禅を重視するのに対し、律宗は仏教の規則である「戒律」の探求と実践を重んじます。
悟りへの道:戒律を深く理解し、実践することで悟りが開かれると説いています。
大乗仏教:律宗は、自分だけでなくすべての人々が救われることを目指す大乗仏教の流れを汲んでいます。

鑑真の来日:鑑真が奈良の東大寺に戒壇を開き、聖武天皇などの保護を受けて多くの人々に受戒を行いました。
唐招提寺の創建:759年には、律宗の総本山となる唐招提寺を創建しました。
鎌倉時代の復興:一時は衰退しましたが、平安末期から鎌倉時代にかけて、戒律の復興が図られ、特に西大寺流と唐招提寺流の二つの流れが全国に広まりました。

日常生活における戒律

僧侶には数百の戒律、在家信者には五戒(飲酒、色欲、殺生を避けるなど)が求められ、日常生活の中で戒律を守ることが奨励されます。
戒律を守ることは、個人の人格を高め、調和の取れた社会を作ることに繋がるとされています。

飾り方:中央に「ご本尊」である大日如来を配置し向かって左側に「両界曼荼羅」、右側に弘法大師と不動明王となる。
本山 総本山は奈良県の唐招提寺で、鑑真が創建した寺院です。

関連

  • 南都六宗(なんとろくしゅう):奈良時代に平城京(奈良)を中心に栄えた、仏教の六つの学派の総称です。三論宗(さんろんしゅう)、成実宗(じょうじつしゅう)、法相宗(ほっそうしゅう)、俱舎宗(くしゃしゅう)、華厳宗(けごんしゅう)、律宗(りっしゅう)**の六つを指します。平安遷都後に、それ以前の奈良の仏教を区別するために「南都」という名が付けられました。
  • 毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)は、大乗仏教、特に華厳宗や密教において中心となる仏であり、「大日如来(だいにちにょらい)」と同一視される存在です。その名は、サンスクリット語の「光明遍照(こうみょうへんじょう)」を意味し、宇宙の真理そのもの、宇宙に遍在する仏の本体であるとされます。奈良の大仏は、東大寺の毘盧遮那仏として有名で、その法身(法性、真理)の体現であるとされています。
  • 聖武天皇は、日本の第45代天皇。 尊号を天璽国押開豊桜彦天皇、勝宝感神聖武皇帝、沙弥勝満とも言う。文武天皇の第一皇子。母は藤原不比等の娘・宮子
  • 唐招提寺・奈良県