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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

石清水八幡宮京都府八幡市八幡高坊30

官幣大社、二十二社、勅祭社
宇佐神宮・筥崎宮または鶴岡八幡宮とともに日本三大八幡宮の1つ。
平安京の守護神として創建され、伊勢神宮に次ぐ「国家第二の宗廟」と称される格の高さと、現存最古最大規模の「八幡造り」の本殿が国宝であること、そして厄除開運・必勝の神様として古くから武士や人々を惹きつけてきた
八幡さま=源氏というイメージがありますが、源氏を祀った神社ではありません。

清和天皇の嫡流である源氏一門は八幡大神様を氏神として尊崇し、その信奉の念は格別で全国各地に八幡大神様を勧請しました。源義家は石清水八幡宮で元服し自らを「八幡太郎義家」と名乗ったことは有名です。
以来、国家鎮護、厄除開運、必勝・弓矢の神として時代を超えて人々の篤い信仰を受けてきました。とりわけ当宮の厄除信仰の歴史は古く、今なお全国屈指の厄除の神社として新春の厄除大祭を始め年間を通し参拝に訪れる方々は跡を絶ちません。

創建: 清和天皇の貞観元(859)年、南都大安寺の僧・行教和尚は豊前国(現・大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱祷を捧げ、八幡大神の「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り、同年男山の峯に御神霊を御奉安申し上げたのが起源です。“やわたのはちまんさん”と親しまれる宮が御鎮座する八幡市・男山は、木津川・宇治川・桂川の三川が合流し淀川となる地点を挟んで天王山と対峙する位置にあり、京・難波間の交通の要地であります。
御祭神は
中御前:応神天皇(おうじんてんのう)(第15代)=[誉田別尊(ほんだわけのみこと)]
西御前:比咩大神(ひめおおかみ)
多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと)
市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)
多岐津毘賣命(たぎつひめのみこと)
東御前
神功皇后(じんぐうこうごう)=息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと)

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