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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

三教神道・儒教・仏教

儒教・仏教・神道は、日本の精神文化や習俗の基盤となる三つの主要な思想・宗教


神道:日本古来の自然崇拝・祖霊信仰(八百万の神)。
仏教:インド由来、釈迦を開祖とし、因果や死後(葬式)を重視。
儒教:中国由来、孔子を開祖とし、道徳や礼、社会秩序を重視。宗教というよりは道徳、倫理、社会思想
役割分担: 「死は仏教」「祝い事は神道」「日々の道徳は儒教」のように、生活の中に機能として共存

仏教は538年(552年)にはじめて朝鮮から日本に伝わったが布教は遅々として進まなかった。
8世紀の終わりころまでは朝廷が仏教より先に伝来していた儒教の影響を受けていたため。
仏教が国内に広がり始めたのは9世紀に入ってから。その後は国民思想を仏教に染め上げてしまった。
弘法大師は高位の神々はすべて菩薩の化身であり、天照大神大日如来と同一であると説いた。いわゆる両部神道の名の下に神道と仏教は合体し、歴代の天皇の庇護を受けた。
以来至る所で二つの宗教は同じ境内に祀られ、時には同じ建物の中に祀られた。その結果二つの宗教は合体したかのように思われた。
ところが千年後、1868年に神仏分離令によってあっさり排除されてしまった。
仏教によって抑圧されていた神道は昔ながらの素朴さを取り戻し祭祀の形を再建した。
それでも今も日本の家々には神棚と仏壇の両方が備わっている。

神道には輪廻、霊魂の再生の教えがなく、善であった死者の霊は神となりこの世にずっと存在し続け、来世に行って罰を受けるという観念は無く、極楽とか地獄と言う考えもない。

関連

  • 両部神道(りょうぶしんとう)とは、鎌倉時代以降に真言密教の教義(金剛界胎蔵界)を用いて、神道の神々を仏の化身(権現)と位置づけた神仏習合の思想です。伊勢神宮の天照大神大日如来と同一視するなど、本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)に基づき、仏教的な視点から日本の神々を体系化したものです。
  • 本地垂迹(ほんじすいじゃく)説とは、平安時代後期から明治時代初期まで主流だった、日本の神は「仏が人々を救うために姿を変えて現れた(垂迹)仮の姿であり、本来の姿は仏・菩薩(本地)である」とする神仏習合思想です。この理論により、八幡神(阿弥陀如来)など、多くの神々が特定の仏と結びつき、権現(ごんげん)として崇拝されました。
  • 神仏分離令(しんぶつぶんりれい)とは、明治維新直後の1868年(明治元年)に明治政府が発令した、神社から仏教的要素(仏像、仏具、寺院など)を排除し、神道と仏教を明確に区別した一連の法令の総称です。神道国教化(国家神道)の推進や、寺院の財産・土地の剥奪を目的として行われました。