弥勒如来(みろくにょらい)
如来
お釈迦様(釈迦如来)の次にこの世に現れて人々を救うことが約束されている「未来の仏様」です。
一般的には修行中の姿である「
弥勒菩薩(みろくぼさつ)」として知られますが、悟りを開いて如来となった後の姿を「弥勒如来(または弥勒仏)」と呼びます。
●56億7000万年後の救世主
お釈迦様が亡くなってから弟子であった弥勒菩薩が「56億7000万年後」の未来にこの世(人間界)へ下生(げしょう)し、悟りを開いて如来となり、お釈迦様の手が届かなかったすべての人々を救うとされています。
現在は弥勒菩薩として
兜率天(とそつてん)という
天界で、
仏になるための修行中。
・現在= 弥勒菩薩 →未来に下生 → 弥勒如来(弥勒仏)
・末法思想による流行:平安時代の終わり頃、「正しい仏教の教えがすたれる時代(末法)が来た」と人々が不安になった際、未来の救い主である弥勒如来を信仰し、その像を造る動きが盛んになりました。
●姿
釈迦如来や阿弥陀如来といった他の「如来」と基本的に共通しており、悟りを開いた仏としての質素な特徴を持ちます。 修行中の装飾品を身につけた「弥勒菩薩」とは大きく異なります。
- 身体・容姿の特徴
・螺髪(らほつ):頭部は小さな渦巻き状の髪の毛(螺髪)で覆われ、頭頂部が盛り上がっています(肉髻・にっけい)。
・出家者の衣(納衣・のうえ):菩薩時代のような冠やネックレス、腕輪などの装飾品は一切身につけず、一枚の布(法衣)を身に纏った質素な姿です。
- 手のポーズ(印相)
・説法印(説法の手つき):未来の世で人々を救うために教えを説く姿を表すため、右手(胸の前に挙げる)と左手(膝の上などに置く)の指でそれぞれ輪をつくる「説法印(説法印・転法輪印)」を結ぶことが多いです。
・施無畏・与願印:右手を挙げて恐れを取り除く「施無畏印(せむいいん)」と、左手を下げて願いを叶える「与願印(よがんいん)」を合わせた基本スタイルをとる像もあります。
- 姿勢(坐像・交脚像・倚像)
・坐像(結跏趺坐):日本の弥勒如来像(興福寺 北円堂の運慶作など)では、両足を組んで座る最も一般的な坐像が多く見られます。
・倚像(いぞう)・交脚像(こうきゃくぞう):中国やシルクロードなどの古代の弥勒如来像では、椅子に腰かけたり足を交差させたりして「今まさに立ち上がって出動しようとする姿」を象徴する独特の座り方が見られます。
- 弥勒菩薩との見分け方
・弥勒菩薩:頭に宝冠を戴き、髪を長く垂らし、アクセサリーをつけ、頬に手を当てて思索する姿勢(半跏思惟像など)。
・弥勒如来:パンチパーマのような螺髪で装飾はなく、悟りを開いた僧侶の衣服を着て堂々と鎮座する姿。
① 現在:欲界の中の「兜率天(とそつてん)」に在住
弥勒菩薩は現在、三界のうち最も低い層である「欲界」の第4天目にあたる「兜率天(内院)」に居ます。 兜率天は欲界の中にありますが、清浄で穏やかな世界とされ、弥勒はここで未来の如来となるための修行と「三界の衆生をどう救うか」の思索を続けています。
② 未来:欲界の中の「人間界(この世)」に下生して如来となる
お釈迦様が亡くなってから56億7000万年後、弥勒は兜率天から三界の「欲界・人間界」へと下生(げしょう)します。 そこで龍華樹(りゅうげじゅ)という木の下で悟りを開き、「弥勒如来」となります。 その後、3回にわたる大規模な説法(龍華三会)を行い、「三界(欲界・色界・無色界)を彷徨うすべての生きもの」を迷いから救い出し、輪廻の苦しみから解脱させます。
● 三界における「弥勒信仰」の役割
仏教思想において、この「三界」は「火宅(火事になった家のように苦しみに満ちた場所)」に例えられます。
・兜率天往生(上生):人間が死後、三界の苦しみから脱するために、まず弥勒のいる欲界の「兜率天」に生まれ変わることを願う信仰。
・弥勒下生(下生):将来、弥勒が人間界に降りてきて如来となり、この三界全体を浄土(理想郷)に変えて救済してくれることを願う信仰。 つまり弥勒如来は、「三界という迷いの世界に縛られている生きものを、56億7000万年後の未来にすべて救い出す最終救世主」という関係性にあります。
●仏教における「
三界(さんがい)」は、悟りを開いていない迷いの生きもの(衆生)が輪廻転生を繰り返す世界(迷界)全体を指します。
下から上に向かって「
欲界」「
色界」「
無色界」の3つの階層(領域)に大きく分かれており、上がれば上がるほど精神的に高度で清らかな世界とされます。
- 欲界(よくかい) 食欲・性欲・睡眠欲などの「欲望」にとらわれた生きものが住む最下層の世界です。
下から順に次のような領域で構成されています。
・地獄界(じごくかい):もっとも苦しみの強い世界
・餓鬼界(がきかい):飢えと渇きに苦しむ世界
・畜生界(ちくしょうかい):本能だけで生きる動物の世界
・修羅界(しゅらかい):争いが絶えない世界
・人間界(にんげんかい):私たちが生きる世界(苦楽が混ざる)
・六欲天(ろくよくてん):欲界の中にある6つの天界(※四天王天、忉利天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天)。
※補足:弥勒菩薩が現在いる「兜率天(とそつてん)」は、欲界の中の天界(六欲天の第4天)に位置します。
- 色界(しきかい) 欲望からは離れましたが、まだ「形(物質・身体=色)」が残っている世界です。高度な禅定(精神統一の集中状態)に入った者が赴く世界であり、18の天界(四禅天)に分かれています。
・初禅天(しょぜんてん):梵衆天・梵輔天・大梵天(3天)
・第二禅天(だいにぜんてん):少光天・無量光天・極光浄天(3天)
・第三禅天(だいさんぜんてん):少浄天・無量浄天・遍浄天(3天)
・第四禅天(だいよんぜんてん):無雲天・福生天・広果天・無想天・無煩天・無熱天・善見天・善現天・色究意天(9天)
- 無色界(むしきかい) 欲望だけでなく「身体や物質(色)」すら完全に超越し、純粋な「精神(意識)」だけが存在する最高位の世界です。物質が存在しないため場所(空間)の形をとりません。さらに深い禅定の段階によって4つの天に分かれます。
・空無辺処天(くうむへんしょてん):物質の限界を超え、空間(空)が無辺であると観察する世界
・識無辺処天(しきむへんしょてん):意識(識)が無辺であると観察する世界
・無所有処天(むしょうしょてん):存在するものは何も無いと観察する世界
・非想非非想処天(ひそうひひそうしょてん):想い(意識)も無く、想いが無いわけでもない、三界の最高峰(有頂天とも呼ばれる)
- 兜率天(とそつてん)は、仏教の世界観において、欲界の六欲天の第4位に位置する天界です。須弥山の頂上にあり、弥勒菩薩が住んで説法を行っている場所とされ、未来の仏になる予定の菩薩が人間界に降り立つ前(一生補処)に滞在する「内院」と、天人が住む「外院」に分かれています。
- 須弥山(しゅみせん)は、古代インドの宇宙観において、世界の中心にそびえ立つとされる巨大な聖なる山です。仏教ではここが如来の座す場所とされ、七山八海に囲まれた世界の中心と位置づけられます。頂上には帝釈天が住み、四方に4つの大陸があり、仏壇の「須弥壇」の語源にもなりました。
- 六欲天(ろくよくてん)は、仏教の宇宙観における三界(欲界・色界・無色界)のうち、欲望(食欲、性欲、睡眠欲など)を捨てきれない存在が住む「欲界」の最上部に位置する6つの天界(神々の世界)の総称です。下から順に四王天、忉利天、夜摩天、兜率天、楽変化天、他化自在天で構成されます。
- 欲界(よくかい):物質的な欲望や感情が存在する世界で、さらに六つの六欲天に分かれます。
- 色界(しきかい)とは、仏教の世界観において、欲界(欲望の世界)と無色界(純粋な精神世界)の中間に位置する、食欲・淫欲を離れた清浄な物質の世界です。禅定(瞑想)の段階に応じて16〜18層に分かれており、物質や肉体の束縛は残るものの、煩悩や欲が完全に滅した安らぎの境地とされています。
- 無色界(むしきかい):物質的な形や欲望が全く存在しない、純粋な意識の世界です。四つの天(空無辺処、識無辺処、無所有処、非想非非想処)があり、天界で最も高い存在とされます。
- 大日如来(毘盧遮那仏)|釈迦如来|阿弥陀如来|薬師如来 |
- 泉涌寺・京都府京都市東山区
- 興福寺
北円堂・奈良県奈良市