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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

千栗八幡宮ちりくはちまんぐう佐賀県三養基郡みやき町白壁

肥前一宮 国幣小社
聖武天皇の神亀元年(724年)に、養父郡司壬生春成が御神託を蒙り創建したといわれています。昔から手足の神様といわれ、手や足の痛みに霊験を顕し多くの人がそのご神徳を戴いています。 手や足に痛みのある人は奉納されている木型を持ち帰り、患部に当て快復を祈念し、治癒御礼には新しく手・足の木型を作り奉納します。
御祭神:
應神天皇おうじんてんのう
仲哀天皇ちゅうあいてんのう
神功皇后じんぐうこうごう
ほか四柱(難波皇子なにわのみこ・宇治皇子うじのみこ・住吉明神すみよしみょうじん・武内宿禰たけうちのすくね)
開業: 西暦724年

境内社:
・武雄神社 御祭神・武雄心命たけおこころのみこと
    ・ほか四柱(天之忍穂耳命あめのおしほほみ・菅原道真すがわらのみちざね・伊弉諾尊いざなぎのみこと・高木神たかぎのかみ)
・鳩森稲荷神社 御祭神・保食神うけもちのかみ
千栗八幡宮御創建の由緒には、郡司壬生春成が森へ狩猟に出た際に、弓の上に八幡神のお使いである鳩が止まり、その夜に御神託が下されたという故事があります。そのことから、鳩森と名付けられたとされています。

行ってみたい


関連とご近所

  • 15代応神天皇(おうじんてんのう)
  • 14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
  • 神功皇后(ジングウコウゴウ)14代皇后
  • 難波皇子は、8世紀前半に難波宮にいた皇子の総称です。第40代天武天皇の孫である難波宮大宮人(おおみやびと)が、難波宮大宮人とも呼ばれたことから、難波皇子と呼ばれるようになりました。
  • 宇治皇子(菟道稚郎子)は、応神天皇の皇子で、皇位継承を巡って兄・大鷦鷯尊(仁徳天皇)に皇位を譲るために自殺したと伝えられる古代の皇族です。宇治の地名の由来になったとされ、宇治神社や宇治上神社の祭神として祀られています。
  • 住吉明神は、住吉大社に祀られている神で、主に海上安全、航海、厄除け、和歌、農耕などの神様として広く信仰されています。神体は住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)と神功皇后です。『日本書紀』や『古事記』には、伊弉諾尊の禊祓(みそぎはらえ)の際に海から出現したと記されています。
  • 武雄心命は孝元天皇の皇子彦太忍信命の御子で、祭祀・占(卜)を司る任に当たったとされています。子には、景行天皇の臣下で高良大社の御祭神となった武内宿禰たけうちのすくねがいます。
  • 高木神(たかぎのかみ)」とは、日本神話に登場する 高御産巣日神(たかみむすひのかみ) の別名です。高御産巣日神は、天地創造に関わる神(造化三神)の一つであり、高天原の最高指令神として重要な役割を果たしました。天照大御神とともに国を平定し、神武天皇の東征を助けるなど、数々の神話で活躍します。
  • 佐嘉神社(さがじんじゃ)
  • 與止日女神社
  • 祐徳稲荷神社
  • 田島神社