津観音三重県津市大門32−19
恵日山観音寺大宝院(えにちざんかんのんじだいほういん)
浅草観音、大須観音と並んで
日本三大観音の一つとされる。
和銅2年(709年)、阿勢幸(あせこ)の浦(現在の伊勢湾沖)で漁師の網にかかった聖観世音菩薩像を祀ったのが始まりとされています。
●「片参宮(かたさんぐう)」の伝説津観音には、
伊勢神宮の
天照大神の「本地仏(本来の姿とされる仏様)」である「国府阿弥陀如来(こうあみだにょらい)」が祀られています。
江戸時代には、お伊勢参り(伊勢神宮への参拝)の行き帰りにこの津観音の阿弥陀様にもお参りするのが定番のルートでした。そのため、「阿弥陀に詣らねば片参宮(片方だけの不完全な参拝)」と言われ、両方を巡ることで十分なご利益が得られると信じられていました。
宗派:
真言宗醍醐派
山号: 恵日山
文化財: 本文参照
本尊:
聖観世音菩薩 国府阿弥陀如来(天照大神の「本来の姿」)
札所等: 三重四国八十八箇所67番札所; 伊勢西国三十三所観音霊場14番札所;真盛上人25霊場15番札所; 伊勢津七福神1番札所
●国府阿弥陀如来(こうあみだにょらい)とは、三重県津市の津観音(観音寺)に祀られている、伊勢神宮の御祭神「天照大神(アマテラスオオカミ)」の本地仏(本来の姿とされる仏様)です。
日本の神仏習合の歴史において非常に重要な仏像であり、江戸時代に爆発的なお伊勢参りブームを支えるきっかけとなりました。 1. 天照大神の「本来の姿」としての信仰かつての日本では、日本の神々は「仏が人々を救うために姿を変えて現れたもの(本地垂迹説)」と考えられていました。津観音の伝統では、天照大神の真実の姿(本地仏)こそがこの国府阿弥陀如来であるとされています。そのため、この阿弥陀様をお参りすることは、伊勢神宮をお参りすることと同じくらい大きなご利益があると信じられていました。
2. 「片参宮(かたさんぐう)」と言われた理由江戸時代、全国から伊勢神宮を目指して旅をする人々(お伊勢参り)の間で、「阿弥陀に詣らねば片参宮」「伊勢へ参らば津の観音へ参れ、津の観音へ参らば伊勢へ参れ」のような言葉が流行しました。
伊勢神宮(神様)だけをお参りして、本地仏である国府阿弥陀如来(仏様)にお参りしないのは「片方だけの不完全な参拝」とされ、両方を巡る(両参り)ことで初めて完璧なご利益が得られるとされたため、津観音は伊勢参りの定番ルートとして大いに賑わいました。
3. 名前の由来と歴史もともとは伊勢国の国府(現在の三重県鈴鹿市国府地区)にあったお寺の本尊でした。鎌倉時代、覚乗(かくじょう)という高僧が伊勢神宮に参拝した際、天照大神に「本来の御姿を見せてください」と祈願したところ、現れたのがこの阿弥陀如来の姿であったと伝えられています。その後、戦乱の荒廃を経て、安土桃山時代から江戸時代にかけて津観音に遷(うつ)され、大切に祀られるようになりました。